なぜ高齢の酪農家はしゃがめなくなるのか? 搾乳作業による「猫背」をリセットし、スムーズな動作を取り戻すセルフコンディショニング

酪農

酪農業だけではなく、農業全体として高齢化が進んでいます。
日本の農業就業者の平均年齢は66.4歳であり、加齢に伴い、各部位の柔軟性や姿勢を保持するバランス能力は著しく低下します。過酷な作業姿勢と習慣、酪農作業の中でも、特に搾乳は一日の作業の中で最も長い時間を占めています。
飼育方法によって違いますが、搾乳作業時や飼料の運搬など蹲踞姿勢(しゃがむ動作)をする場面を多く見られます。実際に見学へ行き、しゃがむたびに膝や腰が痛いという現場の声を聞きました。
実は酪農家にとって、しゃがめなくなるというのは、酪農経営継続に関わる大きな問題です。
今回は理学療法士、衛生管理者の視点でしゃがみ込みをラクにするための方法をお伝えします。

高齢の酪農家がしゃがみにくくなる原因

作業姿勢の影響

酪農業は、搾乳、トラクター作業、牛舎の清掃など、同じ姿勢で長時間作業する事が多いです。
その多くは背中を丸めた猫背の姿勢です。
猫背の姿勢では骨盤が後傾(後ろに倒れる状態)になりやすく、その姿勢が続くと胸椎、股関節、足関節が硬くなります。
搾乳中に取られる「蹲踞(そんきょ)姿勢(両足の足底を床につけるしゃがみ姿勢)」は、股関節・膝関節だけでなく、足関節(足首)に大きな可動域を必要とするため、柔軟性が低下した状態では、膝痛、腰痛を引き起こすため、いずれしゃがむ事が難しくなります。

高齢化の影響

一般的に高齢になると、体の水分量、柔軟性、各部位の筋力が低下していきます。
それぞれの要素は影響し合っている事が多い印象です。
例えば、脊柱にある椎間板は、立っている時よりも、座っている時につぶれやすいとされています。
昼間圧力のかかった椎間板から水分が出て、夜寝る時に圧力が減るため椎間板に水分が戻るようになっています。
長時間の搾乳やトラクター作業などで長時間椎間板に圧力がかかり続けるのに加えて、高齢化による体の水分量が減少すると、椎間板の水分が戻りきらずに椎間板が変形してしまいます。
椎間板の変形により脊柱がカーブが大きくなり、結果的に猫背になりしゃがみにくい体になります。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
→ https://masuofuji.com/tractor-work/

長く酪農経営を続けるためには、自身の体のメンテナンスを続けることが重要です。

しゃがむ動作に必要なもの

前述しましたが、胸椎、股関節、足関節の柔軟性が重要です。
しゃがむ時に腰痛、膝痛になりやすい人は、上記のいずれかが硬くなっている事が多い印象です。
膝痛、腰痛があるが、膝や腰のケガをしたことがない人は、原因は他の部位の可能性が高いです。

バランス面においても、足首の柔軟性(足関節背屈可動域)が不足すると、重心が後方に偏り、後ろに転倒しやすくなります(写真の矢印)。足首だけでなく、重心が後ろに傾かないように、骨盤の可動性や腹筋・すねの筋活動(写真の赤い部分)も、安定したしゃがみ込みには欠かせない要素です。

つまり安定したしゃがみ込みには、柔軟性と筋力、二つの要素が必要不可欠です。

しゃがむための体の柔軟性チェック

足首の柔軟性(背屈角度)

先行研究では、この角度が20度以上あれば全員がしゃがみ込み可能ですが、10度未満になると、ほぼ全員がしゃがめなくなることが示されています。

  • 壁から拳一つ分空けた状態で膝を壁につける
  • 踵が浮く、膝が着かない場合は柔軟性の低下あり
  • 左右ともチェックして両方着けば合格

※上記が可能なら20°は保たれているとされています。

骨盤・体幹の柔軟性(指床間距離:FFD)

立った状態で前屈し、指先が床に届くかを確認します。
しゃがみ込みができない人は、できる人に比べて指床間距離が短い(体が硬い)傾向にあります。
できない場合、ハムストリングス(太もも後ろ)、殿筋群(お尻の筋肉)の柔軟性が低下しています。

  • 膝を伸ばしたまま床に向かって手を伸ばす
  • 膝が曲がる、床に指先が届かない場合は柔軟性低下
  • 反動はつけないでゆっくり行う

その他のチェックはこちらをご覧ください。
https://masuofuji.com/dairy-farmers-pain/

安定したしゃがみ込みを獲得するには

しゃがむ方法を変える

どうしてもしゃがむ姿勢が辛い場合は、「互跪姿勢(片膝をつく姿勢)」がおススメです。
この姿勢は支持基底面(体を支える面積)が広いためバランスが取りやすく、蹲踞姿勢よりも疲労感が有意に軽減されることが研究で示されています。

膝を汚さないための補助具(膝当て)を使用することで、酪農現場でも実践可能です。

しゃがみ込みをラクにする運動とストレッチ

猫背を予防して、しゃがむ動作をラクにするための運動とストレッチを紹介します。
寝ながらできるもの中心に選定しているため、お昼休憩中や、入浴後に実施してください。

タオルを置いて肩甲骨引き寄せ運動(胸椎伸展)  20回 1~2セット

  • 丸めたバスタオル(写真赤まる)を肩甲骨の下あたりに横向きに入れる
  • 胸の前まで腕を上げる
  • 胸を開きながら、肩甲骨をよせるようにして両手をさげる
  • 呼吸を止めないようにする

ブックオープナー(胸椎回旋)   20回 左右1セット

  • 膝を曲げたまま横向きにねる
  • 胸の前で肘を伸ばして手を合わせる
  • 上側にある手を背中側の床につくように体をひねる
  • 膝を開かずに骨盤も動かないように注意する

タオルを足にかけて膝伸ばし(ハムストリングス・骨盤の柔軟性) 1分間 左右1セット

  • 寝たまま足の裏にタオル掛ける
  • タオルの両端をもって足あげる
  • タオルの両端を持ったまま膝を天井に向かって持ち上げる
  • 勢いをつけずに、無理の範囲でゆっくりと行う

アキレス腱伸ばし 1分間 左右1セット

  • つま先にタオルをひっかける
  • タオルの両端をもって自分の方に引き上げる
  • 勢いをつけずにゆっくりと行う

クランチ(腹直筋)   20回 1~2セット

  • 寝た状態からあごを引いて、おへそを見るように頭を持ち上げる
  • 膝は伸ばしたまま行う
  • 肩甲骨が離れるくらいまで上げる

つま先上げ下げ運動(前脛骨筋、下腿三頭筋) 20回 1~2セット

  • 寝た状態でつま先をゆっくり下げる
  • 下げた位置から、勢いよくつま先を上げる
  • 下げた位置と上げた位置の最終域でそれぞれ2秒保持する

まとめ

酪農の現場でしゃがむ動作がつらくなる原因は、膝や腰そのものではなく、足首・股関節・胸椎の硬さにあることが多いです。

まずは壁を使った足首のチェックと前屈チェックで、自分の体の状態を確認してみてください。

どうしてもしゃがむのがつらい方は、片膝をつく互跪姿勢に切り替えるだけでもずいぶん楽になりますよ。

紹介したストレッチや運動は寝ながらできるものばかりなので、休憩中やお風呂上がりにぜひ取り入れてみてください。

体のメンテナンスを続けることが、長く酪農を続けるための一番の近道です。

 

 

参考文献
互跪姿勢による疲労感の軽減効果:大賀久美 他,人間工学,2021
しゃがみ込み姿勢のバランスを規定する要因:畠山穂高 他,理学療法科学,2021
足関節背屈可動域としゃがみ込み動作の関係:山崎裕司 他,理学療法科学,2010
足関節背屈可動域および骨盤可動性がしゃがみこみ動作に及ぼす影響について:景山 剛 他,日本臨床スポーツ医学会誌,2016
しゃがみ込みテストと足関節背屈角度の関連性:吉田昌弘 他,北翔大学生涯スポーツ学部研究紀要,2014

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