理学療法士・衛生管理者監修!トラクター作業の腰痛の原因と対策

酪農

酪農家は牛の食べる飼料栽培や、たい肥をまくなど畑作業においてトラクターを長時間乗ります。
実際に見学した酪農家の方は、時期によって1日中トラクターやローダーに乗っている時があり作業の中で一番腰痛を感じやすいと話していました。

トラクターの長時間の運転は解剖学的にも人間工学的にも腰痛や神経症状、内科的疾患につながりやすいとされており、 酪農家にとって対策は必須です。

今回は理学療法士、衛生管理者の視点からトラクターの運転時における腰痛の原因と対策についてお伝えします

脊柱の構造と衝撃吸収メカニズム

脊柱のS字カーブの役割

脊柱は椎骨という骨が連なって一本の柱を形成しています。それぞれのグループにわかれ頸椎、胸椎、腰痛、仙骨、尾骨で形成されます。

頸椎、腰椎は脊柱が前にたわんだ前弯をつくり、胸椎は後ろにたわんだ後弯をつくります。
このS字カーブにより衝撃吸収や各方向の運動に対して柔軟に対応できるようになっています。

仙骨は骨盤との間に仙腸関節という関節をつくります。
仙腸関節は数㎜程度しか動かない関節ですが、脊柱全体を支えるサスペンション機能を有しており、これも衝撃吸収に大きく関わっています。

仮に頸椎、胸椎、腰椎を真っすぐにした場合、通常と比べて10倍もの衝撃が脊柱に加わります
特に腰椎は上半身の重さを全て受けるため負担が大きくなります。

高齢になると円背(猫背)になりやすく胸椎の後弯が大きく、腰椎の前弯が小さくまっすぐになるため上下の衝撃に対してうまく吸収できなくなり腰痛につながりやすいです。

椎間板の役割

椎骨同士の間には椎間板という組織があります。椎間板はゼリー状の物質である髄核と、その周りにいくつもの層になっている線維輪という物質で形成されます。

この椎間板は、水分を多く含み、クッション性と流動性によって衝撃吸収やスムーズな動作に大きく関与します。負荷がかかると髄核外へ水分が漏出し、脊柱全体で2㎝程度になります。
日中出た水分は夜間寝ている間に、椎間板への圧力が少なくなり、椎間板外から水分を取り込むとされています。
しかし、日中に椎間板にかかるストレスが大きい(長時間座っているなど)と失った水分を十分に取り込むことができなくなります。加えて高齢になると椎間板の水分量自体が減ってしまうため、椎間板が変形しやすくなります。

椎間板は姿勢によってかかる負荷が変わります。
以下は立っている姿勢を100(基準)とした姿勢による椎間板の圧力の違いです。

出典:Nachemson, A. (1981). Disc pressure measurements.に基づき作成

実は、立った姿勢より座った姿勢の方が椎間板への負担が大きくなります。
前かがみや座った姿勢では、椎間板の前側が潰れやすく、その姿勢が続いてしまうと、円背(猫背)になりやすくなります。

トラクター作業で腰痛になる原因

長時間の運転による血流障害、筋力低下

トラクター運転などの長時間の座位は腰背部の筋に負担がかかり続けます。
とくに腰部の筋肉は、血流量が減少し筋肉内の圧力(筋内圧)が高まることで、筋肉が酸欠状態を引き起こします。その結果痛みを感じる発痛物質が滞ってしまい腰痛につながります。

筋肉は縮み過ぎても、伸ばされ過ぎてもその力を発揮する事が難しい性質があります。
長時間伸ばされ続けた腰の筋肉は筋力低下を起し、円背が進みさらに腰痛を引き起こします。

更に長時間の座位姿勢や、高齢化による円背によって腰椎のカーブが減少すると、上下の衝撃吸収が難しくなるため、腰の筋肉、椎間板、靭帯などの負担が大きくなります。

また胸椎や股関節の柔軟性の低下は、円背を助長します。
腰の負担を軽減させるためにも、体のメンテナンスや環境設定がとても重要です。

トラクターの振動による影響

加速度の影響

ISO 2631-1では、1日8時間の等価曝露加速度(A(8))が0.5〜1.1 m/s²の範囲を「健康指針警戒区域」としています。この基準を超えると健康上のリスクが高まるとされています。以下はその基準です。

0.5 m/s²未満: 健康上の影響は低い
0.5 〜 1.1 m/s²: 警戒区域。健康上の注意が必要
1.1 m/s²超過: 健康上のリスクが高い

種類によりますが、トラクターの垂直方向の加重加速度実効値は、およそ0.33〜0.88 m/s²程度とされており、警戒区域に入るため注意が必要です。
0.5 m/s²未満が推奨されており、エレベーターや電車がゆっくりなめらかに始動する程度の揺れです。

周波数の影響

人体の椅子座位における共振周波数(人の体が振動に対して反応しやすい)は4〜5Hz付近であり、この帯域では振動が人体に増幅して伝わります。トラクター作業では、路面凹凸に起因する2〜4Hzの垂直方向の振動がかかります。これが腰痛や疲労の原因となります。
周波数は2Hz以下のすることが推奨されています。

トラクター作業時の腰痛対策

トラクターの環境設定

タイヤの調整

トラクターにはラジアルタイヤとバイアスタイヤの大きく二つの種類のタイヤがあります。

トラクタタイヤの基礎知識:株式会社クボタ クボタニュースの記事をもとに作成
https://agriculture.kubota.co.jp/agriinfo/news/post_42617.html

ラジアルタイヤは、導入コストは高いものの、衝撃吸収機能に優れているため、垂直方向の振動軽減に有効とされています。  ※タイヤ側面から接触には弱いため、荒地の作業時は注意が必要。

またタイヤの空気圧も重要であり、空気圧が低すぎても、高すぎても衝撃が強くなりやすいため、適切な空気圧を月に1度は調整が確認が必要です。適切な空気圧は各タイヤの取扱説明書を確認してください。

加えて腰痛予防のためには、トラクターの連続作業時間は2.5時間未満を推奨するという報告もあります。作業時間を管理し、休憩時間を適切にとるなど作業方法の工夫も重要です。

座席の調整

古くて安価なトラクターは、座面が低く硬いため垂直方向の衝撃が腰への負担を大きくなります。
最近の高価なトラクターには標準で衝撃吸収機能が備わったシートが付いていますが簡単には買い替えられません。おススメは座席シートのみの交換です。
腰痛予防のためには、座席シートを以下の条件で選びましょう。

  • サスペンション機能が付いている
  • 足元から座面までの高さが40㎝以上  ※座面が低いと猫背になりやすく負担が増大
  • 背もたれの角度が調整できる

衝撃吸収しやすい体をつくる

衝撃吸収のためには、柔軟な脊柱、股関節が重要です。とくに猫背は椎間板へに負担をかけやすくするため予防が必要です。
猫背にならないために、休憩中にできるストレッチと運動をお伝えします。

※腰、股関節、膝関節の手術をしている人は無理に行わないでください。

太もも前・太もも横のマッサージ 左右 30秒ずつ

  • ラップ芯などのかたい棒をつかって行う
  • 太ももに対して垂直に押し付けながら動かす
  • 押し付ける強さは、痛気持ちいい程度

お尻のストレッチ   左右 ゆっくり30秒ずつ

  • 足を組んでがに股にする
  • 腰を伸ばしたまま、胸を太ももにつけるように体を倒す
  • 倒したまま1分間保持  ※反動をつけないように行う
  • お尻が突っ張る感覚があればOK

太もも後ろのストレッチ 左右 ゆっくり30秒ずつ

  • 腰を伸ばして足を4の字にする
  • 伸ばした膝に向かってつま先をつかむように前に倒れる
  • 太ももの後ろが突っ張る感覚があればOK

背骨(胸堆)の運動    20回

  • トラクターのハンドルを持ちながら行う ※掴むものがない場合は腕を上げて行う
  • 息を吸いながら丸めて、息を吐きながら伸ばす
  • 丸めた時に肩甲骨同士を離し、伸ばした時に肩甲骨を寄せるイメージ
  • 腰ではなく胸を動かす意識で行う

腰回し運動   左右 10回ずつ

  • 両腕を上にあげて行う
  • 腰でゆっくり大きな円を描くように動かす
  • 顔は正面を向いて、なるべく首を動かさないように行う

まとめ

酪農の現場において、トラクター作業による腰痛は避けて通れない課題です。
しかし、脊柱のメカニズムを理解し、「車両の環境設定」と「日々のセルフケア」を組み合わせることで、そのリスクは大幅に軽減できます。

タイヤの空気圧チェックや座席の工夫、そして休憩時間のリセット運動を習慣化しましょう。
重労働を支えるご自身の体を労わり、いつまでも元気に作業を続けていただけることを願っています。

参考文献
農業機械の座席振動とその評価:石川文武,騒音制御,1997
農業機械の騒音と振動による健康への影響:二塚信,日本農村学会誌,1998
人体振動の許容基準の動向:前田節雄,産業衛生学雑誌,2001
農業用トラクターにおける全身振動の評価:金岡智博,産業衛生学雑誌,2005
カラー版 カパンジー機能解剖学Ⅲ 脊椎・体幹・頭部:A.I.KAPANDJI,医歯薬出版株式会社,2008
低レベル全身振動と腰痛び量反応関係についての検証:岡田晃 他,産業衛生学雑誌,2013
トラクタタイヤの基礎知識:株式会社クボタ クボタニュース
https://agriculture.kubota.co.jp/agriinfo/news/post_42617.html

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