衛生管理者から見た、酪農経営を守るための牛のケアと牛舎の工夫

酪農

私の住む那須塩原市は全国でも有数の酪農地域であり、多くの家族経営の酪農家が地域を支えています。
酪農家にとって、牛は仕事のパートナーであり、家族と同様またはそれ以上に時間を一緒に過ごしている仲間である。
しかし、生き物同士の関係なので、毎回、順風満帆にいくわけではありません。

牛は普段穏やかな生き物ですが、とても繊細なため、少しのことでストレス恐怖心を感じてしまいます。そのため攻撃する意思がなくても酪農家に怪我を負わせてしまう場合があります。

実は、酪農家の怪我や事故は、牛への接し方、や牛舎の環境によって減らせる可能性があります。
それだけでなく、生産性の向上にもつながり、酪農経営を続けるための助けになるとされています。
今回は、衛生管理者の視点から見た、酪農経営を守る、牛の扱い方と牛舎の環境設定の方法お伝えします。

酪農現場で起こる事故

2015年の農作業全体(酪農業以外も含む)での死亡事故件数は338件とされています。
これは建設業と比べても2.5倍となっており、危険度が高い職種といっても過言ではありません。

農作業の事故が減らない背景の1つとして、家族経営で行っていることも原因の一つです。
家族経営(同居の親族のみ)は原則として労働基準法の適用外となるため、事故が発生しても報告の義務がなく、労働基準監督署等から安全管理上の指導を受ける事がありません。

そのため、現場で事故が起きた場合、「次から気を付けよう」「農家はケガをする仕事だ」という考えになり、作業環境や作業方法の見直しがされず根本的な解決至らない例が多いです

飼育方法の違いによるケガの種類

フリーストールとつなぎ飼いで、怪我をする場面を比較した報告では、
フリーストールの場合、牛を移動させる時に多く、つなぎ飼いの時は搾乳時に多いとされています。
牛に蹴られる足を踏まれるスタンチョンを外した瞬間に、牛がもたれかかってきて、柵と腰の間に挟まれるなどの報告があります。

つまりフリーストールの場合は、牛にストレスなく、ミルキングパーラー(搾乳室)まで移動させることが重要です。
またつなぎ飼いの場合は、搾乳時に牛へのストレスをかけないことが怪我や事故の防止につながるとされています。

実際に事故が起きた例では、管理者が時間に迫られているなどの理由から、牛を無理矢理動かしたり、言うことを聞かなかったため、棒で叩いたり、大きな声で牛を怒鳴ったなどの後に発生しています。事故を起こした牛も気性が荒い牛ではなく、比較的穏やかな性格の牛だったという報告があります。
普段はおとなしい牛もストレスで感情的になり、結果、管理者に怪我を負わせてしまう事故につながります。牛への適切な対応をすることで、怪我や事故のリスクを下げられる可能性が考えられます。
時期によって情緒が不安定になりやすく、特に初産牛が仔牛を産んですぐは不安や恐怖心によりストレスが溜まりやすいです。牛の時期によっても牛がストレスを感じやすいことも把握する必要があります。

牛の特徴

牛は草食動物であり、とても臆病な動物といわれています。
草食動物の特徴でもある目は顔の正面でなく顔の側面についています。
これは肉食動物から逃げるために視野を広く保つためと言われています。

牛の視力は、約0.04~0.08とかなり弱く、急激な明るさと暗さに順応することが難しいです
また正面を立体視する事が難しいため、牛舎の影、段差、黒い床を「穴」だと誤認することがあります。これは牛が立ち止まったり、嫌がる原因になりうるため、牛への声掛け方法や、環境設定を考えなければなりません。

また牛は音に非常に敏感な動物のため、大きな金属音や人の怒鳴り声は、ストレスの原因になります。牛への接し方を変えるだけでも牛へのストレスを減らせる可能性があります。

衛生管理者の考える牛舎での怪我予防

牛のストレスになりにくい接し方

前述したように、牛は暗所と明所の急激な切り替えが難しいため、搾乳場の入り口で牛を追い立てたり、急かすような行動は逆効果です。牛は穏やかな口調や、首筋や背中を優しくなでられることを好むとされています。
また視力が弱く、恐怖心を抱きやすいため、牛の死角にならないよう常に見える位置にいることで、牛に安心感を与えることができると思います。

また、大きな音にストレスを非常に感じやすい動物です。ある報告では、怒鳴り声は、電気ショッカーよりも強いストレスなる場合があるとされています。人間にとって問題の無い音でも牛にとって恐怖の原因になりえます。ゆっくり静かにを意識する事が大切です。

よく例えられるのは、管理者と牛は教師と生徒の関係が良いとされており、愛情を持って牛に接することが良好な関係性を築くのに必要不可欠だと思います。

牛舎の工夫

牛は、暑さに非常に弱い動物とされています。牛舎の環境を風の通りを良くする設計を考える必要があります。多くの牛舎に設置してあるのを見かけますが、風の通りをよくするための、送風機はとても重要です
風の流れを適切に見るために、線香の煙など視覚的に確認し、循環の悪い箇所を探し改善する工夫も必要です。

また牛に快適な環境を可視化できるヒートストレスメーターの使用もおススメです。
温湿度指数と呼ばれる暑さの指標が一目でわかり、牛にとってストレスの少ない環境をつくれます。この指数は72以下を目指すことが目標であり、これ以上高くなると乳量が減少する報告があります。牛舎の中で一番暑い場所かつ牛の頭の高さに設置することが推奨されています。

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また牛舎の照明の明るさも牛にとって重要です。
日中(活動・給餌・行動時間)は牛の目の高さで150〜200 lux の明るさが快適で、乳量や摂食量の向上にも効果があるとされています。
ミルキングエリア・作業場所300〜500 lux 程度の明るさがあれば、作業者の視認性も高く安全です。
夜間・休息時間暗期(6〜8時間) はできるだけ暗く(理想的には <50 lux、40lux程度)にすることで、メラトニン分泌が促進され、健康に良いとされます。
照度計を利用して、明るさも可視化できると管理しやすいと思います。

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牛を優しく扱うことのメリット

経済面のメリット

牛はストレスを感じやすいと言う特徴をお伝えしましたが、ストレスによって生乳の量も変わってくると言う報告があります。潜入の量は売り上げに直結するため、ストレスによって生入量が減少する事は酪農家にとって非常に痛手です。

逆に牛に対して優しくポジティブな声掛けをした場合、生乳量がアップするという報告があります。
生乳ができる過程で、乳汁排出反射という反応があります。これは搾乳者が牛の乳頭を刺激し、その刺激により脳の下垂体後葉からオキシトシンと呼ばれる物質が出ます。

オキシトシンは愛情ホルモン、絆ホルモンと呼ばれ血中に分泌されることで生乳が出ます。
オキシトシンはストレスを感じると排出が抑制されるため、結果的に乳量が減少してしまいます。

ポジティブな声掛けをした報告では、1頭あたり400mℓ乳量が増加するとされています。
これを1ヵ月あたりの収益にすると…
乳価が100円/kgとすると、1日2回の搾乳で1頭あたり2400円の増収。
30頭の場合は約72,000円の増収になります。
頭数が多くなる増収が大きく、50頭で120,000円、100頭では240,000円にもなります。

また牛による怪我によって骨折や捻挫などで入院するケースもあります。
ある報告では、牛に吹き飛ばされた先で柵に接触し、肋骨や複数の骨折をしたケースがあります。そのケースでは3ヶ月以上入院し、この間は酪農ヘルパーをお願いすることになりました。
3ヵ月間酪農ヘルパーにお願いすると…
ヘルパー利用1名・1日分の相場として、搾乳牛30頭程度の牧場で 約15,000円
3ヵ月間(90日)利用すると、15000円×90日=1,350,000円の出費になります。
かなり大きい損失だということがわかります。

丁寧な対応と、ポジティブな声掛けをするだけ経済損失を防ぎ、むしろ増収する可能性があるため、牛を大切に扱う事の重要性が科学的にも証明されています。

牛を誘導しやすい工夫

仔牛の内からミルクパーラーに誘導した後に、濃厚な飼料や角砂糖をあげることで、誘導をしやすくなるという報告があります。パーラーに行くと良いことがあると学習することで、成牛になっても誘導しやすいとされています。誘導する際も穏やかに優しい声かけをするなど、牛のストレスにならないよう配慮が必要です。酪農者にとっても牛にとってもストレスが少なく、効率よく搾乳作業ができることが予想されます。

万が一に備えて

牛の優しい扱い方や環境設定を徹底しても、事故や怪我のリスクを0にする事は難しいです。
前述したように牛は非常に臆病な動物であるため、予期せぬことで、驚いたり恐怖を感じてしまう事はあると思います。そのため、万が一に備え対策を取ることも必要です。

JIS規格に合格した安全長靴を使用する

長靴の先に強化プラスチックや鉄板などつま先が守られている長靴があります。先がないものと比べると重くなってしまうため、足が疲れやすいと言う特徴がありますが、足を踏まれた際や、とがった釘を踏んだ時など、労働者の足を守るためにはとても有効な手段です。

労災保険に加入する

酪農業は家族経営で行っていることが多いです。
家族は原則、従業員にカウントされず、従業員5人未満の職場では、怪我をした際の労働基準監督署への報告や労災保険の加入の勤務がありません。
この条件では通常の労災保険には加入できませんが、特別加入制度を利用することによって、保障を受けられる仕組みがあります。
加入する際は地域のJA(農協)に相談すると手続きの流れを教えてくれると思います。

家族経営で入れる労災保険については以下をご参照ください。
中小事業所等の特別加入制度ー厚生労働省

作業中にケガをして長期間入院した際に労災保険から、休業補償が出るため、酪農ヘルパー利用料の補填などに充てる事ができ、経済損失を軽減できます。
常にケガのリスクがあるため、酪農経営をするうえで労災保険の加入を強くお勧めをします。

まとめ

酪農現場で起こる事故の多くは、牛が本来持つ性質への理解不足や、作業環境の小さな無理が積み重なって発生しています。
牛は決して乱暴な動物ではなく、臆病で繊細だからこそ、ストレスや恐怖が事故につながりやすい生き物です。

牛への接し方を見直し、
・怒鳴らない
・急がせない
・見える位置で穏やかに誘導する
といった基本を守るだけでも、怪我や事故のリスクは下げられます。

また、
・風通しの良い牛舎づくり
・温湿度や照度の「見える化」
・暑さや明るさへの配慮
といった環境整備は、安全性だけでなく乳量の向上にも直結します。

牛を優しく扱うことは「精神論」ではなく、
✔ 事故防止
✔ 生産性向上
✔ 経営の安定
につながる、科学的に裏付けられた経営判断です。

それでも事故をゼロにすることはできません。
だからこそ、安全靴の着用労災保険への特別加入など、万が一に備える準備も重要です。

牛は仕事道具ではなく、毎日を共にするパートナーです。
牛を理解し、牛にとって安心できる環境を整えることが、
結果として自分自身と家族、そして酪農経営を守ることにつながります。

牛の扱い方や牛舎環境の改善は、個々の農家だけでなく、地域全体で共有されることで、事故の減少と酪農の持続につながります。

明日からできる小さな改善が、事故のない、安全で持続可能な酪農への第一歩になるはずです。

参考文献
乳牛にや優しく接すると乳量は増加するか?:瀬尾哲也,畜産技術,2021

乳牛を取り巻くストレス要因とは-人の接し方で変わってくる行動・乳量:瀬尾哲也,DAYRY MAN,2014

Low-stress Cattle Handling The Basics:Ben Bartlett 他,Michigan State University Extension,2010

乳牛との接触による事故の調査・分析と対策の提案:志藤博克 他,農作業研究,2018

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