「うちは農家だから腰が痛いのは当たり前…」
「ずっと農作業をしてるから何年も膝が痛いんだ…」
私は病院で理学療法士の仕事をしていますが、入院してくる患者さんからこんな話をよく聞きます
私の住む地域は全国的にも酪農が盛んな地域で、生乳の生産量がトップ5に入りますが、個人経営の酪農家が廃業しているのを多く見かけ、地域の産業が衰退してしまうのはとても残念です
そんな酪農家の方たちが長く働けるようなお手伝いができないかと思い、実際に酪農の仕事を見学させていただいた事があります
見学させていただいた方は40代で若い方でしたが、その人も腰や膝を痛めた経験がありました
見学する中で、体の使い方や、作業の仕方を工夫することで、体への負担が減らせると感じました
今回は、酪農家の方に向けた、腰痛、膝痛の予防方法を理学療法士と衛生管理者の視点からお伝えします
酪農家が抱える悩み

跡継ぎの問題
酪農家の限らずだが、農業全体で跡継ぎがいない事が大きな問題になっています
農業を継がない理由としては、収入が不安定であること、休みが少ないこと、労働環境の厳しさ等が挙げらています
また、継ぐ側ではなく、継がせる側も「農業はきついから、子供には継がせない」という声も聞かれるため深刻な問題になっています
何件か酪農家さんの見学に行きましたが、「牛はかわいいし、仕事自体は好きだ!」という方多い印象でした
「農業はやりがいがあって、工夫次第では体の負担もかかりにくくて楽しい!」
農家さんがそんな風に言えるような仕組みや、支援が必要だと思います!
農機具や牛舎などの設備費用が高額
トラクターや牛舎などを立て替えると何千万、もしかすると何億とお金がかかるのが実情です
酪農組合や国からの補助金は購入金額の1/3程度、共同利用施設で1/2程度 ※いくつか種類があるので多少上下はあります
補助金の金額は大きいですが、例えば1000万円のトラクターを購入する場合は、約700万円は自己負担になります
中古もありますが、いくつもの機械が必要になるため合計するとかなり金額になってしまいます
前述した跡継ぎ問題も関連しており、跡継ぎがいない場合に設備投資をしてしまうと、多額の借金を残してしまう可能性があります
そのため設備投資を断念し、現状の設備のまま酪農業を行っている農家さんも多いです
高齢化による身体の不調
農林水産省の統計によると、農家の平均年齢が67.6歳と高齢化が進んでおり、10年前と比較すると農家の数は約半数になっているのが現状です
また農家が農業をやめる理由として、高齢化による病気や体力の限界が常に上位にあります
設備投資をすると体への負担を減らすことが可能になりますが、
跡継ぎがいない → 設備投資に踏み切れない → 体のへの負担が大きくなる可能性があります
すべての農家さんがこうではありませんが、設備投資は簡単に踏み切れるものではないため、
酪農を長く続けるためには、体のメンテナンス、作業方法を見直す必要があります!
飼育方法の違い

つなぎ飼い
つなぎと呼ばれる方法は、牛舎に1頭ずつ繋がれた状態で飼育されてる方法
メリットとしては、牛がその場にいるため、牛の体調管理(乳房炎や風邪症状)など確認しやすく管理をしやすい
また牛同士が喧嘩になることが少なく、牛が怪我をしにくい
デメリットとしては、牛が動き回れないため、ストレスをためやすい事と
搾乳する場合に搾乳機をつける際に、作業員が毎回しゃがむ動作が必要になる
フリーバーン、フリーストール
牛を放し飼いにしてあり、牛が歩き回れるようになっている飼育方法
牛舎の中に寝るためのしきりがあるものがフリーストール、仕切りの無いものがフリーバーンと呼ばれます。
牛が動き回れるためストレス発散になりやすく、また多くの頭数の牛を飼育できる仕組みです
牛が動き回れるため、搾乳スペースへ誘導しやすいつくりになっていることが多いです
搾乳スペースは作業員の地面が低く、牛のいる地面が高くなっています
そのため牛の乳房の位置が作業員の目線の高さになり、しゃがむ、中腰の動作になりにくく作業員の負担が少ない印象です
牛にとってストレスが少な飼育方法だが、牛同士が喧嘩をする、牛が転倒して股関節を脱臼をするなどのデメリットが考えられます
また初期費用は安いですが、牛が快適に過ごせるように寝床に敷く、稲わらやおがくずなどの敷料の維持費が高くなりやすいです
酪農で膝や腰を痛める原因とは

しゃがむ動作
例えば飼育方法が、つなぎ牛舎の場合1回の搾乳作業では
牛の乳房を洗浄 → 機械をつける → 機械を外す → 乳房の洗浄
1回の搾乳で4回しゃがみ込む動作をしなければいけません!
1頭あたり4回のため仮に50頭飼育している場合は200回程度行います
搾乳作業を朝と夕方の2回行うため、1日で400回のしゃがみ込み動作が必要になります
しゃがむときに膝や腰が痛い場合は、その度に負担がかかり続けるため、いずれしゃがむのが大変になり、仕事ができなくなる可能性があります
餌や排泄物をすくう中腰でのショベリング動作
スコップでの動作をショベリング動作と呼ばれ、すくったものを捨てる際に、自分の身長よりも高い位置に捨てる場合は、腰や足に負担が大きくなるとされています
またすくって、捨てる動作を繰り返すことで腰の筋肉の血流量が少なくなり、体の中に痛みを感じる物質が溜まってしまい、腰が痛くなると言うメカニズムがあります
そのため、腰の筋肉の構造から見ると、ショベリング動作は約6分または60回行ったら休憩を挟むというのが大切で、休憩の際は腰を伸ばす腰を回すなど同じ姿勢にならないことが重要!
長時間のトラクター運転動作
トラクターの運転動作は、一日に何時間も行う事が多いです
農家さん曰く、「運転中は椅子に座ったままずっとジャンプしている動き」だそうです
トラクターの座席もクッション性の向上や、座りやすいものも増えてきていますが、買い替えると高額なものが多いです
古いものでは、シートが硬く、腰を痛めやすいため、長時間の運転は腰への負担が大きくなりやすいです
最近はシートのみも交換できるため、価格を抑えたい場合はおススメです!
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酪農家のための膝、腰を守る体のチェック
股関節の柔軟性

股関節を曲げる柔軟性(写真左)
- 椅子座ったまま股関節をまげて太ももと胸につける
- 股関節が十分に曲がらない人は、腰が丸まってしまい胸につける事が難しいです
股関節を伸ばす柔軟性(写真右)
- 壁から10㎝程度離れて立ち、股関節を後ろに伸ばす
- 体の中央のよりも後ろに伸ばせたらOK!
- 股関節が硬い人は、壁に体が前に倒れ、壁に頭があたり、足を後ろに伸ばせません
足首の柔軟性

しゃがむ動作の研究報告では、足首の柔軟性が重要とされており、椅子に座った状態でつま先を20度以上あげられるとしゃがみ動作が可能とされています
目安として自分のスネの部分が時計の12時だとすると、横から見たときに10時の位置まで上がると、おおよそ30度になるため10時の位置よりもやや低い位置まで上げられるとOK!
しゃがみ動作で足首や股関節が硬い場合は、腰や膝など硬い部分じゃないところを痛める恐れがあります!
背中の筋肉、肩甲骨の柔軟性のチェック

- 顔の前で両肘をつけたまま腕を頭の上まで持ち上げる
- 前から見た時に自分の鼻が見えるとOK!
- 背中の筋肉や肩甲骨の柔軟性が硬い人は、猫背になりやすく、猫背は腰痛の原因になりやすい
その他、体の左右差のチェックはこちらの記事を参考にしてください!
https://masuofuji.com/runners-pain/
膝、腰を守るための運動とストレッチ方法
股関節のひねり運動

- 椅子座ったまま片方の足をがに股、もう片方を内股にひねる
- これを左右交互に行う
- 椅子からお尻が離れないように行う
お尻の筋肉が柔らかいと股関節の曲げ伸ばしが、しやすくなります
作業の休憩中や、お風呂上りに行うと効果的です! ※股関節の手術をしている人は無理しない!
かかと、つま先上げ運動

- 立って手すりなどにつかまった状態で、かかと、つま先を交互にあげる
- 自分の限界までしっかり上げる事がポイント
- 膝を曲げないように行う
- 立ち作業中の休憩中や歯磨き中に行うのがおススメ!
骨盤回し運動

- 椅子に座った状態で、両手をバンザイする
- 頭の位置を変えない意識で腰を回す ※上手くできると骨盤できれいに円を描ける感じです
- トラクター運転時やショベリング動作時の腰痛予防に効果的!
- バランスボールの上など不安定な場所で行うとより効果アップ!
価格:4280円 |
脇腹、背中の筋肉のストレッチ

- 座った状態で頭に手をおいて体を倒し、脇腹を伸ばす
- 手を挙げている側のお尻が浮いてこないように注意!
- 反動をつけずに1分間!
その他、股関節、ふくらはぎのストレッチはこちらの記事をご参照ください!
https://masuofuji.com/knee-pain/
まとめ
酪農は、地域にとって欠かせない大切な産業であり、そして酪農家のみなさんにとっては “牛と共に生きる誇りある仕事” だと思います!
しかしその一方で、作業の多くが体に負担のかかる姿勢や動作で成り立っており、長年の積み重ねが腰痛・膝痛につながりやすいのも事実です。
今回お伝えしたように、
- しゃがみ込みや中腰が多い作業
- ショベリングやトラクター運転の疲労の蓄積
- 設備投資が難しく、体への負担が減りにくい現状
こうした状況の中でも、
体の使い方を工夫すること、柔軟性や筋力を維持すること で痛みを予防し、長く働ける身体づくりは十分に可能です。
特に大切なのは次の3つです。
- 自分の体の状態を知ること(柔軟性チェック)
- 日々の作業の合間にできる簡単な運動を続けること
- “痛みは仕方ないもの”と思わず、予防・改善に取り組むこと
酪農の仕事は決して「体を壊しながら続ける仕事」であってはいけないと思います!
工夫次第で体の負担は確実に減らせますし、「仕事が前より楽になった」「作業がしやすくなった」と感じてもらえるはずです!
あなた自身が健康であることは、
牛の健康、農場の持続、そして地域の酪農を守ることにもつながります!
これからも酪農家のみなさんが、好きな仕事を長く続けられるよう、理学療法士として、衛生管理者として、少しでも力になれれば幸いです!
参考資料
ショベリング除雪反動動作における投擲高さが筋疲労に及ぼす影響:田中昌史 他;理学療法科学,2015
足関節背屈可動域としゃがみ込み動作の関係:山崎裕司 他;理学療法科学,2010
酪農における放牧の種類とそれ以外の飼育方法について:将基酪農 鮎滝ファーム https://shogi-dairy.jp/1471/



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